2017年6月30日(金) 小雨25℃

この日は、仕事がお休みの娘と日比谷から赤坂に。
大政奉還150年記念プロジェクト、千代田区でスタンプをもらい、赤坂の有名神社2社を訪ねます。

雨はしとしと、でも涼しい一日、スタンプ箇所日比谷図書文化館を目指し、JR新橋駅からスタート

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常設展示は『千代田に見る都市の成立と展開』興味深いな~
関東戦国史は調べようと思ってた、いつの日か
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ここでのスタンプデザインは、江戸城 2個目ゲット~
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次の目的地、赤阪日枝神社に 徒歩30分くらい
霞が関、官庁街を通ります
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茱萸(ぐみ)坂 
永田町一丁目、国会議事堂の南側を東に下る坂。番付坂とも。『新編江戸志』では「丹羽家表門見通し、内藤紀伊守殿本多伊勢守殿中屋敷の間、九鬼長門守殿屋敷の前に出る小坂なり。両側にぐみの木ありし故の名なり。」と
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山王坂 この坂のあたり明治維新まではほとんどが山王社(日枝神社)の社地であり、社前に下る坂なのでこの名がつけられたのでしょう。また一名鹿島坂と呼ばれていますが、坂の近くに明治時代の豪商鹿島清兵衛の邸宅があったのでそのようによばれたといいます。 
坂、多いですね
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おっ、緑のこんもりしたところが
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日枝神社到着
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(wikiより抜粋)日枝神社(ひえじんじゃ)江戸三大祭の一つ、山王祭が行われる。旧社格は准勅祭社東京十社)、官幣大社。

大山咋神を主祭神とし、相殿に国常立神伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊を祀る。

創建の年代は不詳である。文明10年(1478)、田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。徳川家康が江戸に移封されたとき、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。社地は家光の時には600石に。

明暦3年(1657)、明暦の大火により社殿を焼失したため、万治2年(1659)、将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて、現在地に遷座した。この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。

昭和20年(1945)の東京大空襲で社殿が焼失し多くの国宝が失われた。昭和33年(1958)に再建。

大津、坂本の日吉大社にもありましたね、山王鳥居
山王鳥居の特徴は明神鳥居の上部に三角形の破風(屋根)が乗った形をしていて、仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一を表しているとされる。山王信仰の象徴であるため、山王鳥居と呼ばれている。 神仏習合の信仰、独特の鳥居である
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表参道(山王男坂) 横には、緩やかな女坂も
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神門
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社殿
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千木鰹木はよくわかりませんでした
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狛犬ならぬ神猿像
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津坂本の日吉大社は

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社。通称として山王権現とも呼ばれ、神の使いとする。お猿さんがいろんなところに見られましたね。

たしか、神猿(まさる)といわれていた。「魔が去る・何よりも勝る」として縁起の良い物とされるとか。

ここでも、茅の輪くぐり
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背景に高層ビルが見えるところが、都心ですね~

ここにもお猿さん
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そして、うまく撮れなかったのですが、神紋は
「丸に二葉葵」これは、大津日吉大社の東本宮と同じDSC08975
参考、日吉大社の写真です 大山咋神を祀っているからですね
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なお、徳川の『三つ葉葵』、これは家康が加茂神社の氏子だから、加茂神社の神紋:葵を家紋として用いました。神社の神紋は【二葉葵】。この大山咋神の妻が「下鴨神社」の祭神「玉依姫命」です。そして、大山咋神と玉依姫命の間にできた子供が「上賀茂神社」の祭神「賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)」です。こうしたこともあって、日枝神社では「丸に二葉葵」の紋を使用しているようです。。。なんか。ややこしいですね

そして神社を出て、永田町から赤坂に回ると、ここにも山王鳥居 境内を抜けたら行けたんだ、残念
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さらに回ると、もう一つ山王鳥居があり、そこには、エスカレーターもあるようです
日枝神社は都心に広い神域があり、多くの方が参拝されていました。

赤坂はこじゃれた店がたくさん
日本最古(といっても創業1980年)のベトナム料理店でランチ
次は、氷川神社に向かいます 20分くらいかな

今度は転坂だ
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氷川神社到着
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先日、ブラタモリでやってましたね、総本社は埼玉大宮の武蔵国一宮、氷川神社。
関東には200社(1000社とも)ほどがあるようです。
祭神は、須佐之男命 稲田姫命 大己貴命

(wikiより)氷川信仰(ひかわしんこう)とは、スサノオに対する神道の信仰の一つである。

出雲地方から直接勧請された神社は「須賀神社」「八雲神社」「出雲神社」などと称している場合が多く、これに対し、かつて牛頭天王を祭っていた祇園信仰の系譜を引く神社は明治以降「八坂神社」「祇園神社」「津島神社」等と称したところが多い。同じスサノオ信仰でも、氷川神社と称している諸社はそれら両系統とも異なり独自の信仰圏を形成している。。。難しい
そして、この赤坂氷川神社は、
天暦5年(951年)、蓮林僧正が霊夢を見て、現在の赤坂四丁目のあたりに奉斎したと伝えられる。享保15年(1730年)、江戸幕府第8代将軍徳川吉宗の命により、現在地に遷された。現在の社殿はこの時に造営されたもので、東京都の有形文化財に指定されている。麻布氷川神社、渋谷氷川神社、簸川神社などとともに江戸七氷川に数えられ、その筆頭とされる。明治元年(1868年)、准勅祭社に列する。

社殿 (神社HPより)御社殿は、総欅造り銅葺朱塗にして丹青荘重の一間社流造であり、安政の大地震・関東大震災・東京大空襲の被災を奇跡的に免れました。江戸時代当時のままの姿を残しており、東京都重要文化財に指定をされています。
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またまた、茅の輪くぐりが
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立派な銀杏の木
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(神社HPより)境内にはたくさんの樹々が生い茂り、至るところに江戸の年号が刻まれた鳥居・燈籠・狛犬が現存し、江戸の情景がそのまま残る、都内では珍しい神社のひとつとなっています。秋には色鮮やかに染まる天然記念物の大銀杏(樹齢400年)がある
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こんなのもあるんだ
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後で調べて分かったのですが、8代吉宗の時、現在地に遷座したのですが、それ以前にあったのは備後国の三次藩・浅野家の下屋敷だったのです。忠臣蔵で有名な播州赤穂藩主の浅野内匠頭長矩の奥様阿久里の実家ということになります。阿久里は出家して瑶泉院となり、実家の三次藩・浅野家へ戻り、この屋敷で過ごしたそうです。講談で有名な「南部坂雪の別れ」は吉良邸への討ち入り前夜に大石内蔵助良雄が挨拶に訪れるのですが、屋敷内に吉良方の間者がいたことから瑶泉院へ討ち入りを諦めて暇乞いに訪れたとウソを言うのですが、その舞台がこの浅野家の下屋敷だったのです。。。忠臣蔵にもちと関わりがある我が住まう箕面(萱野三平)感慨深いな~

 

赤坂氷川神社を出ると、今度は、本氷川坂 昔、坂の東側に本氷川明神社があったのが坂名の由来。
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この辺りには勝海舟ゆかりの地だそうで、赤坂に居を構え、赤坂の中でも3度も転居をしているとか。

近くからバスに乗って帰ります。
おっと、東京タワーがさようなら、と
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今回も、スタンプはゲットできたし、東京の有名な2社に行けて大満足
大都心にありながら、広い神域を持ち、日枝神社は華やかな印象、氷川神社は渋い印象でしたね。
また、趣味の歴史歩きに付き合ってくれた娘よ、ありがとう